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食事の折、調味料を取ろうと不自然な中腰になったとき、ぷと音声が出た。
「ぷ」はかなりソフトな表現である。

妻は一旦、娘の顔を見た。娘の肛門から発した音声であると、思ったのだろう。
しかし「ぷ」という控えめな可愛らしい音というより、実際は「ば」であった。
妻はすぐにことの次第を理解した。
俺の顔を見て「@;*~=}X>+*ーーーー!」と聞き分け不明の音声を口腔より発した。
おそらく「屁したでしょー。ばかばかばかー。食事中やよーーー!」とでも言ったのではなかろうか。

俺は「すまんね。出てしまったのです」と返した。
妻は機嫌が悪かったようで、許してくれなかった。
俺がいつもしらっと「すまんね」と言って済ませると言って、怒り出した。俺が「すまん」とは決して思っていないだろう、などと邪推する妻である。
そんなことはないのだが。出物腫れ物・・・と言うではないか。そんなに怒ることなのか、とは俺は思っていた。
それがいけなかったらしい。

思いは伝わるものなのだ。夫婦のように親しい仲ならば、尚のこと。
食事中と屁の関係について、妻は延々と文句を言った。
わざわざトイレでせぇとでも言うのかと尋ねたら、「そうやー!」と怒声で答えた。
俺は問題の解決法として、トイレ云々を口にしたのだが、妻はそれを俺の挑戦的な返句と解したらしかった。

こうなるともういけない。
妻は近い過去の、言わずにいた俺への不満ごとなど、次々と述べ始めた。
女という生き物は何故、関係のない過去のことまで述べて、現在の俺を攻めるのだろう。
娘まで「あかんねー」と言う。(これにはお前は黙っておれ、とイラっときた)


食事もそこそこに終わらせ、俺は病院へ退散することにした。
出て行くのも癪に障るが、居辛い。便利な言い訳があって助かったと思う。
大して職場ですることもないのだが。ぐるりと巡って、サマリーの不備を埋めておいた。


帰りがたく。小雨の中をドライブ。
濡れた新緑が美しかった。ささくれた心を癒す。
俺は海までドライブした。
海岸まで迫った山には、ところどころ薄紫の桐の花の咲くのが見て取れた。
ふもとの猫の額のような畑にはジャガイモの薄紫の花。
屋敷の立派な石塀からは、可愛らしいなでしこの薄赤紫の花が、顔を覗かせている。

春の始まりには黄色い花が目立った。
春爛漫も過ぎ、初夏に近づくと今度は、薄紫の花が目立つ。
五月は新緑色だけではなく、薄紫のゆかしい季節でもあったか、と知った。


バツの悪い帰宅。
開口一番に大声で「食事中の屁は悪かったが、臭いの無いのが幸いだったでしょう!?」と言ってやった。
自然に癒されて帰ったはずなのだが。家に帰ると、不愉快なことを思い出したのだ。
ま、負け惜しみ。
妻は「まあねー」と居間の奥から大声で、これまた挑戦的に返してきた。
憎らしい女だ。

しかし、言い返さないのが和平を構築する定法である。
亭主のたしなみと心得て、「そうだろう」とだけ答えておいた。

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