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二月はどうもいけない、と思う。
思い出してみると、鬱が極まった年もあった。それがなくとも、不思議と波風の立つ季節であったようだ。
二月はいけない、と断定する。

日記と銘打っておきながら、更新せずにいた。
精神の状態がbottomだったわけではない。
身体に何らかの不調があったわけでもない。
失踪していたわけでもない。
仕事は相変わらず嫌いで、面倒だ面倒だと言いながら、こなした。
妻は相変わらず可愛くて、笑える存在で、俺を慰めてくれる。
娘は相変わらずおしゃべりで、俺の10倍くらい、妻の5倍くらいの会話をする。
家庭でも職場でも問題は起こしていない。
それどころか、好天に恵まれた土曜日のある日、家族を連れて遠出までした。

何がいけないのか?
眠い。退勤してくると、食事・入浴などの日常の行事をなし、この頃の気に入りとなった漱石の著作を少し読む。すると、耐えがたい眠気に襲われる。
漱石がいかんのか?(汗)
いやいや・・・薬なしで眠れるのは歓迎すべきことであるのだが。
俺自身の楽しみのためにPCを立ち上げることがなくなってしまっていた。
満たされない想いはそこらへんからやって来るのか。

久しぶりにフリーメールのチェックをしたら、600件あまりも迷惑メールがフォルダーに溜まっておった。一瞥したところ、エロメールの類は減り、偽ブランド購入のお誘いが多い。流行りすたりであろうか。
久しぶりにひとのブログを眺めた。
たくさんの春の花で飾られたページに、かの地はもう春らんまんであると知る。
春先の行事に忙殺されるひとに、巡る季節を感じる。


ああ、それだ。
長い学生時代、われわれは必ず春にひとつグレードを上っていた。
社会人になった今は、それがない。
若いころの慣れ性が、昨年と変わりないであろう今年の自分を焦らせるのだ。たぶん・・・。
ひとと比べて足踏みしている自分に思える。
だが、本当に進んでいないのか?


微細な変化に気づく、精神の柔軟性を尊びたい。
心の触覚を意識して、いつもの毎日を新鮮に感じたい。
芽吹き、色鮮やかに変化する春の風景が、それを後押ししてくれるものと思う。
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若いころ。
痛いまでの恋しさを、足らぬ言葉で補うように、あふれる情熱を行動に表すことが、愛情の示し方だと思っていた。それも当たってはいたのだろう。
若さはいつも、過ちを内包しながら、見ようによっては滑稽な、真剣さに生きていた。悲喜劇。

歳を経て。老成したのだと、苦笑とともに言い訳しながら、若い日々を懐かしむころ。
努めても努めても、空回りする心に戸惑った。
情熱が冷め、どう足掻いてもそれを掻き立てることができなくなった、と思った。
心の中の情熱がなくなった、と思った。
俺の生命の中に燃えるものが残り少なくなった、と思った。

今。
俺の中にあるのはやはり、愛情であった、と知る。
自分から積極的に働きかけることはなくなった。だが、想ったときの切なさ、愛おしさ、温かさは、その性質を語るものだろう。
「熱さ」よりも「ぬくもり」に傾いた感情である。

ひとは愛情に情熱が伴わなくなったとき、それを残念に思う。愛がなくなったと、絶望すら感じる。
しかし、情熱に代わって生まれたものを発見したとき、愛の不滅を知る。


あなたを受け入れ。
あなたの笑顔を俺の喜びとし。
あなたの涙を俺の哀しみとし。
変わらぬ想いを抱く。
あなたを愛しています。

好きな食べ物はなんだろう?
  俺の好きなのはレタスである。
好きな色はなんだろう?
  俺の好きなのは青かな。
どんな音楽を最近聴いたのだろう?
  愛の死@トリスタンとイゾルデ@カラヤン(笑)。
どんな洋服を着ているのだろう?
  今はユニクロのスウェット。ダークグレーのやつだ。
  出勤は、黒に薄くて細い白のストライプの織りの入ったスーツを着ていった。
  白いワイシャツにラベンダー色のネクタイをしていた、と記憶している。
  勤務中はいつものナガイレーベン(苦笑)。
どんな車に乗っているのだろう?
  トヨタのイプサム。マイホームパパみたいで、あまり気に入っていない。
指先は冷たいのだろうか?
  俺の指先は冷たい。

 
全く知らないわけではないと自負していたのに。
何も知らないことに気づいた。

それらを知りたいと思う。

俺が妻に問題を提起して、中一日を挟んだ。
俺の勤務形態の都合とはいえ、一人ずつゆっくり考える機会がもてたことは、幸いであったと思う。

妻の話は冗長であった。
同じ「喜怒哀楽」という言葉で表現されるものであっても、人によってその色合いや温度が違う。夫婦の近しい関係であっても、それは免れない。
俺はそれが哀しい。
人と人とは何故、ぴったりと同じ感覚を共有できないのだろう?
同じ人間という種であっても、男と女では違うのか?
違う育ちをしたことが影響しているのだろうか?
それぞれが共にいない間の経験が、そうしているのだろうか?
俺はそれが歯がゆい。
そう、妻の話はとても歯がゆかった。

俺は妻の感覚を同じように感じることは出来なかったけれど。
腑に落ちた、というにはまだ間があったけれど。
納得したかというと、そうではないけれど。
理解することは出来た。
違うことがいけないのではない。違いを認めていないこと、知っていないことがいけないのだ、と思う。

多分、俺が不満を言ったことで、それも妻にとってはよりにもよってな分野についてだ、妻の気持ちに波風がたったことと思う。傷ついたといってもいいだろう。
俺もかつてそうだった。
傷つくのは悪いことではない、と思う。
誰かを傷つけるのも悪いばかりとはいえない、と思う。

どんな波紋が広がるのか、澱みに何が生まれるのか、まだわからない。


ただ、妻が俺の言うのにいくらか考えを巡らせ、答えをしめしてくれたことはありがたいと思う。
相互に働きかけ合ううちは、関係の発展性が存在しているからである。

あの日の告白には、多分に勇気が必要であった。
やはり・・・といっていいか、俺の言葉はこころをそのまま映したものとは言い難く。極めてそれに近かったけれど、内容が根本に近いほど、ぴったりな表現とは離れていた。

夫婦に性の問題は重要であるはずである。わかっていても、日常を共にするうちに、独特の照れが出る。問題は後回しにされていくほどに、ますます言いにくく、溝は深くなっていく。
おそらくそうなのだ。広くなるのではなく、深くなるのだ。

妻にはまだ話していない。いや、妻とはまだ話し合っていない、か。
何もしないより、何かした方がいいと思う。
が、一度切れた経験が足踏みをさせる。

ふわふわと雲か煙のように頼りなく。俺とはそういうもの、である。


-5は-3に戻せばいい、とか。
好きものの亭主と淡白な嫁だ、とか。
意気込まなくても、ありのままを語ればいいだけなのに、と言う声が聞こえてきそうである。
所詮へその下の問題である、高尚に語るほどのものか、、と思い。いやいや、語るほどのものなのだ、と思い・・・。

少なくともこれが何かの進展をもたらさない限り、見せる面がない。そう思われる。

2009年を迎えて。俺の好んでいたブログが三つなりとも休止した。
驚いた、というのがまずの感想である。
残念である、というのもそうである。

当り前のように訪れていただけに、もの寂しい感じのする。

何がそうしたのか、詳しく語り合いたい気持ちがあるにはある。俺の、知りたい気質、というものか。
聞くことしかできないであろう俺、回答はなく、あったとしても自分の中にしかないこと、それらを思い起こし、慎みを持とうと思う。


適切な距離にて、見守り続けよう。俺がかつてブログを一歩降りたとき、彼女らがしたように。そっと見守っていくのがいいだろう。

浅さ、深さ、頻度はあれども・・・、
あなたを想わない日はありません。

家を揺らす強風の夜を越して、寒い朝である。雪のチラつく大みそか。

昨日妻子を里に帰した。
俺が年初から仕事だからである。亭主の留守に幼い娘とさびしい正月を過ごすより、実家の祖父祖母と過ごすほうがずっといいだろう、と思ったゆえである。いつか妻と交わした、正月の里帰りは小正月に、という約束は俺自ら破棄したわけである。
事情のため、正月の料理は用意していない。餅を煮て食うくらいだ。それが出勤前の慌ただしい元旦にはふさわしいだろう。
いつもより食材を多めに備蓄してある冷蔵庫をみて、妻の心づかいに感謝する。

夏目漱石の「こころ」をゆっくりと読みながら、大晦日の夜を過ごしている。何度も読み返して、内容を味わいながら考えながらの読書である。やっと「先生」の遺書の部分に差し掛かっている。
それにしても・・・「先生」死ぬ前によう書いたり!
この遺書によって全ての謎が明らかにされるとなると、興奮を覚える。
「先生」と「奥さん」の恋愛と謎めいた夫婦のありよう、親友の死。教科書に載る退屈で冗長な小説と思ったら大間違いの、大ドラマチック小説である。
それが、さすが文豪の名をほしいままにするだけあって、ちょっとしたこころの動き、うまく表現しにくいだろうこころの様子が、それしかないと思える的確な表現で簡潔に書き連ねてある。文章の彩、日本語の粋を感じて、目をとめて感心することしきりである。


少しの酒をすごし、大歳らしく今年を振り返ってみる。
ロクでもない歳であった、というのが第一の感想である。それには夏の一時病床に伏したことが多大に影響している、と思われる。
普段、いつでも死ねる、いつでも死んでいい、と思っているはずだった。しかしながら、生命の危機にまさに遭遇して、恐れを抱いた。思い出になりつつある今では、それを「ロクでもない」出来事だったと吐き捨てるように思い出す。
俺は生命があるにもかかわらず、俺の思うような望ましい何事もなせないことに拗ねていたのか。望んでいることが何なのかおぼろげながらわかり始めた今は、静かにそのように思われる。
その一つのために、また明日から俺は働くのだ。

平凡な日常に埋もれる幸せもあった。それらをひとつひとつ摘みあげ、大切に胸に抱くことのできるのを喜ばしく思う。
あのとき、毎日俺のベッドに寄り添ってくれた妻のことを。
あのとき、俺を励ましてくれたひとの言葉を。
あのとき、俺を安じてくれたひとたちのこころを。
あのときの笑顔を。
あのときの涙にぬれたありがとうを。
それぞれ、忘れることなく俺のうちにある。
確かに俺の足元を照らし、暗い道を行く勇気をくれる。
だから、俺は明日から生きるのだ。

行く年のあれもこれも済んだこと、といつか詠んだ。今の俺はこう詠む。

行く年の あれもこれも 我の糧


街灯の光の中に、雪がきらりと光り舞う。
きりりと冷えた大気の清しさの中、2008年を見送ろう。


《閲覧者のみなさまへ》
このページをご覧になってくださり、ありがとうございます。
このところは更新も滞る日が続いておりましたが、俺は元気にしております。
これからもこのペースでのろのろと営業していこうと思います。それが俺には負担にならず、ちょうどいいようですから。
来年もゆるく見守っていただければ幸いです。
インフルエンザが例年になく、早くから流行しているようです。
みなさまには、体調にくれぐれも留意なさって、新年をお迎えください。

飯島愛さんの訃報を聞く。驚いた。

漏れ聞こえてくる彼女の前半生の激しさを想うと。
ひとの過去を断じる資格は誰にもない。それを承知で見解を述べてみると、彼女のそれは罪深い過去であった。なにより彼女自身にとって。
晩年の彼女の変化は、過去の罪を知ったゆえか。俺はそんな気がする。


辛かった昔を糧にできるとき、あれだけの修羅場を乗り越えたのだからと、自分を奮い立てせられるときはいい。健康な精神であれば、過去を内包しながら、前を向いて生きていける。
だが或るとき、過去が自分に襲いかかってくるときが訪れる。自分を責め苛む。
ちくちくと、鋭く。長い疼きをもたらす。
錆びたナイフでえぐられたように、その毒が自我を侵食する。

お前は誰にも許されない罪人なのだと、嘲笑する声が聞こえる。
誰にも自分を開いて見せられないと、自分の中にもぐりこむ。
荒涼とした寒い風景が広がるのみ、だ。

孤独な罪人。
捕えられ罰せられたなら、どんなに楽なことだろう?
世間に知られていない犯罪を犯したことを知る辛さ。
隠し、逃げ続けなければいかない者の哀しさ。

誰の手も汚れているのだ。
落ちない血糊で穢れている。
マクベスのように。アラビアの香を擦り込んでも、腐臭は隠せないのに。
そして、誰もが独りなのだ。


飯島愛・・・いかにも作り物の乳房を曝し、嘘くさいセックスをしてみせるAV女優であった。底抜けの明るさが痛々しい若い女であった。
飯島愛・・・物憂げでありながら、すべてを受け入れてくれると思わせる、かすれた声で話す女だった。何もかも見きった年増女のように。
それらは「飯島愛」の作り出した幻想にすぎないのかもしれない。
だが、彼女の寂しさは俺にも少し解る。

願わくば、彼女の魂魄が安らかであるように。

白い靄に包まれた朝を迎えた。
繭の中にいるような、柔らかい、どこか優しい朝だった。気温は高め。
昨夜の大根の始末については、妻から叱られずであった。むしろよく始末してくれたと、感謝された。
出勤も靄の中。
対向車の、ぼんやり潤んだ黄色いライトに照らされて。俺の方も靄の中、優しいライトを照らしているのだろう。


どうも勤労意欲の湧かない日であった。
酒を飲みたいと、恥も外聞もなく騒ぐ人を見て、俺も飲みてぇよと心の中で毒づきながら仕事をする。武闘派の香りのする仕事であるが、今のところ、パンチもキックももらっておらん。

昼飯を食いながら、mixi散歩。世間が狭いゆえ、限られたところしか巡ってはおらん。
久しぶりにアクセス解析を見た。知らない人が何人か訪問しているもよう。ここはごくわずかの教えた人しか見ていないを思っていたので、ちょっと焦る。というか、不安になる。
人見知りが激しいので、見知らぬ人を警戒するのである。一言プリーズ♪
 
作曲家の遠藤実氏が亡くなったとか、知人のブログにて知る。世事に疎いというなかれ。
北国の春・・・北国というと北海道や東北地方を想うが、あれは北陸の山間部の春を歌ったものではないか。本当のところは知らないが、何となく俺はそう思ってきた。
♪届いたおふくろの小さな包み♪
俺のおふくろの包みはいつも大きくて、ぎっしりと食料品が詰まっていた。おふくろの荷物にはあまり季節感はなかったはずだが、春先の学校の始まる前のふわふわした季節のこととしてのみ思い出される。
雪の残る初春の田舎で、食の太い大きな息子のために、食品だけを詰め込んだ母を今懐かしく思い出す。

ふるさと、おふくろ、はつこい。
昭和が遠く見えてきた。


今晩からは「こころ」を読む。

雷と冷たい雨の一日。強い風が吹きすさぶ。


その後、妻とは齟齬を残したまま、何となく・・・どこの家族でもあるようななし崩し的和解にもつれ込みそうであった。平日のそれほど時間のない暮らしの中で、よく話し合うことができなかったこともある。
でも、俺はそれではいやなのだ。
みっちり妻の話を聞く時間がほしいのだ。
俺をかわいそうな人が好きと評した妻の、その理由が知りたい。この言葉だけが何故か、俺の神経に触ってしかたがない。

先日の買い物の件を忘れて職場に行ったこと、これについては俺に言うべきことはない。素直に謝らねばならん。
忘れていたことも述べて、それでも妻との約束を積極的に後回しにしたわけではない、と伝える。よく考えるとどちらもどちらで、ものすごく非礼なことをしているわけだが。
妻は、俺の脳髄の中では自分たちの扱いが後回しである、と思っているようだが、そうではないのだ。

考えあぐねて結局、そういうつもりではありませんでした、と謝ったわけである。
妻は「もう済んだことでしょ」と答えた。

済んだこととは・・・①済んだことだから、もう許すということ。
            ②字面通り、もう済んだ過去の話ということ。
・・・これのどちらの意味で言っているのだろう?

頭が悪いので、そんなことがわからん俺である。
これは質問しては藪蛇ではないかと思ったが、あえて質問してみた。
「もう済んだこと、いままでだってたくさんあったことやし、もういいってー」と妻は答えた。
面倒くさそうであった。または、蒸し返されたことに腹を立てているようであった。

正答は、③のもう諦めておるということ、だったのか。俺の単純な脳髄がすぐさまはじき出した答えにため息のでること。
そうではないのかもしれない。そうなのかもしれない。
此処彼の間をしばらく思考が行き来する。
俺の中をいう閉じた中で考えても、答えのないこと。空間を広げてみようと思うのも、俺のエゴイズムか。
口を閉ざして、それ以上することはなし。

昨日に引き続き晴天。


いつもの金曜日。俺は予約客と相談をする日である。
これまたいつものごとく、すべての商談が終わり、立ち上がろうとした時のことだ。一瞬の視界の途切れの後、商談室の床に俺の肉体は横たわっていた。
俺は失神したのだった。

そこに寝転んでいるわけが、瞬間解らなかった。
「なぜこんなところに寝そべっているんだ、俺は?」と思っていると、女子職員が慌てて駆け寄ってきた。
「ここ、どこかわかりますか?!」と、真剣な顔をして怒鳴っている。
職場であると俺が答えると、職場の名前を答えるようにまた、怒鳴る。
とても怖い顔であった。ケツに火のついた様子が俺には可笑しかった。
照れくさい気持も湧いて出た。
とんでもない名称を答えて、驚愕させてみたいような、その様子をしらけて眺めてみたいような、どうにも困ったこころが現れてきた。
別な女子職員が車いすを押し、走ってくるのを見て、俺は完全に公式の顔を取り戻した。
職場の名前を吐き捨てるように言い、何を慌てているのだというような顔をしてみせた。
女子職員に助け起こされ、車いすを断って、適当な台(笑)に横たわる。

特に緘口令を敷いたわけでもないのに、俺の倒れた件は広まらず。しばらく商談室で休んだ後、軽く昼食をとり、仕事に戻れた。
人使いの荒い会社である。


生きている間は風の止まることはない。
我々は風を、逆風であるとか、順風であるとか、勝手に名前をつける。
俺は明日は逆風が吹くのではないか、いやきっとそうに違いない、と考えることが多い。
だが、逆風のときは後ろを向いて進んだら、順風になるのではないか? 言葉遊びをしているだけのようだが、そんな風に思ってにやりとできることが、案外大事なのかなと思っている。

そよ風、つむじ風、台風。風にもいろいろある。
折々の風に吹かれ、舞い踊る木の葉のごとく。
されど、人は木の葉にあらず。
時に風に乗り、時に耐え。
やがて、望む終の棲家に至る。

俺たちは子供だった。小学校低学年くらいだった。
そこは小さな神社だった。どこの村にもあるような、小さな目立たない神社。広くない境内の一角に、滑り台やらジャングルジムなど子供の遊具が置かれているような。
季節はわからない。だが、寒くはなく緑のある季節だ。たぶん、俺たちの時代の、学校週休二日制ではない頃の、土曜日の昼下がりのような気がする。
ブーンと低く小さな音が聞こえていた。ヘリコプターの遠くに飛ぶ音だったかもしれない。
俺は君といた。
忘れ去られたように誰もいなかった。

拝殿の登り口の階段に二人で座っていた。
二人とも腹を減らしていた。
俺たちは、賽銭箱を探った。小さな社に似つかわしい小さな賽銭箱には、五円玉や十円玉がわずかに入っているだけだった。
かき集めた賽銭は百円にも満たなかった。
俺たちは失望した。

俺たちは盗んだ金を握りしめ、神社の近くにあった駄菓子屋で、氷菓子を買った。50円の、練乳味のする長細いアイスキャンディーを一本買った。
俺たちは賽銭泥棒だった。
駄菓子屋は俺が子供のころによく行った「ヒラノ」という駄菓子屋だった。痩せた愛想のないおばさんが店番しているところだった。
おばさんはやはり無愛想に俺たちをねめつけ、「ありがと」と無表情に言った。
俺はおばさんに盗みを働いたことがばれたのではないかと思い、どぎまぎした。その反面問いただされなかったことに、ばれなかったのだなとほっとした。

俺たちはまた神社に戻った。
誰もいなかったが、俺たちは境内の蔭に隠れて、アイスキャンディーを食べ始めた。
一口ずつ、かわりばんこに食べた。
君は何も言わなかったが、アイスキャンディーを渡すたびに俺にほほ笑んだ。
境内のさらさらした土を掘って、俺は食べ終わったアイスキャンディーのバーを埋めた。
君と俺は共犯者だった。


薬のくれる不自然な眠りのはざまに。
真っ暗な虚無の中に。
フラッシュがたかれたように浮かび上がるものがある。
寝ぼけた脳の不思議なつぶやきか。忘れたと思っていた記憶の断片と、現在の記憶が交差する。
そんな夢を見た。
それを思い出した。


王朝貴族の思ったように、ひとが自分を想ってくれるから夢に姿を現すのか。
それとも、自らの想いがひとを夢に呼び寄せるのか。
冷たい雨で明けた日曜日。
蒲団から出るのが苦痛であった。妻も同じ気持ちであったらしい。
しかし、子どものいること。時間になれば、元気に起きだす子どもに、親たちも寝床から追いやられる。

妻の会社は最近とても忙しいらしい。毎日一時間も残業をさせられている。
歩き通しの一日の仕事に妻もさすがに疲れている。家事が滞り始めたことを苦に思っている。
俺にすれば、家内が乱れ切っていると思わない。忙しいなりに妻がやりがいを感じているのならば、それはそれで結構だと思う。
妻の話では、上司に仕事ぶりを認められたことと、時給が多忙につき900円になったことが、やりがいにつながっているようだ。
時給が破格なのか、俺には分からないが。上司に認められることは時として、予想以上に勤労意欲を刺激するものである、と知っている。
真面目な妻はおそらく、一生懸命に仕事に取り組んでいるのだろう。人に比することを思いつく女ではないが、結果として真面目さが仕事の成績に反映されてくる。望ましいことだと思う。
俺はすぐに人目を気にするから、そうはいかない。

「頑張っているようで、安心しました」と言ったら、妻は複雑な笑いを返した。
何かを訊くと、「いろいろあるんだよー」と答えて、多くを話そうとしなかった。
職場にはそれぞれ、言葉では言い尽くせぬことがある。良いことも、悪いことも。長く働いたことのない妻が、仕事をすることに付属したさまざまを知り始めたことに、俺も複雑な感を抱く。

要らぬ苦労を知らぬままでいてほしかった、と思いながら。
同じく仕事に就くことで、知ってくれることが、心強いと思う。


午後から読書。仕事関係の雑誌をいくつか。
秋の夜長は読書と思索、と思っていたのだが。この秋は忙しくそうもいかなかった。

夕食にすき焼き。
久しぶりの肉食。肉ばかりよって食い、叱られる。そう言う妻も肉ばかり食っていた。

夜になりまた雨。静かに細く降る。
アスファルトは黒く光っている。行き交う車のライトがやけに素早く流れていくように、見えた。
明日も仕事だ。お互いに♪

冷たい雨で始まった週。
時折、音を立てて大粒の雨の降る、冬の走りを思わせる一日であった。


仕事忙しく、息つく暇のないこと。煙草を吸いに行くいとまもなかった。

肉体は疲れた。
が、精神は上々である。一日をやり遂げた爽快な疲れであった。
忙しいのは、いろいろなことを考えないですむのが良い。考えてしまうときは忙しくても、考えてしまうのだが・・・。それだけ精神が上向きである、ということだろう。

妻は、俺のやったDVDに、今のところ夢中である。
一人遅れた夕食の常の話題は、そのドラマの話である。
十年ひと昔・・・とはよく言ったもの。現在よりも少しだけゆっくりしていた時代の、ドラマの設定に、己のその頃を重ねて、懐かしむ。それも歳を重ねつつあることの楽しみか。


濡れたアスファルトが黒く光っている。乾くこともなく。地面の冷たさを知らせている。
また雨が落ちてきた。
一人の書斎は冷え冷えとしている。丸いやわらかな体の横たわる、温かい寝床が恋しくなった。

俺たちはたくさんの言葉を紡ぐけれど、
本当に伝えたいこと、
本当に伝えなくてはいけないことは、
そんなに多いのだろうか?

言葉を口にするたびに
言葉は伝えたい事から離れていく。
言葉は程遠いことを伝えようとしている。

言葉は感情を超えない。

秋虫の声の聞こえる季節になった。
朝方、曇り空。ぱらりと雨の降った地域もあったそうな。
昼からは美しい青空が広がった。


どうも、週末になると気分が落ちてくる気配がある。
休日の時間がいけない。暇にまかせて、いろいろと考えてしまう。考えることが有意義なことならばいいのだが、思考形態が後ろ向きに傾いているので、ロクなことを考えない。
この前、自殺週間に因んで、死について考えてしまったから、もういけない。死にまつわる事象が自分に向ってきてしまった。
よって、小さい死を繰り返していた。つまり週末には寝てばかりいた、ということである。
まったく、俺の愛人はしつこい。また心中を囁かれた。

♪ だけど、心なんて
 お天気で変わるのさ ♪

巻き舌気味のアン・ルイスの歌声が蘇る。
よう言ったものだ。


このところ、幼い子供が被害にあう事件が続いている。
確か、奈良の事件も秋であった。秋になると、ある人々の心には残虐なものが沸き起こり留められない、とでもいうように。
縊れた少年の遺体は、どんなに切ないことだろう。
雨に打たれる裸の幼女の遺体は、どんなに惨いことだろう。
子供を持って、その種の犯罪のおぞましさを初めて知ることよ。

子供・・・。
そうだな。
子供がいなければと思ったり、子供がいないときはと懐かしんだりすることは、ある。
子供は俺にとって、得意な存在ではなかったし、今でもそうだ。
子供は天使のときもあるが、小悪魔であることの方が多い。
娘の笑っている顔はもちろん好きだが、寝顔の方が好きだ。
早くいろいろな話のできるような歳になってほしいと思うが、そのころには父親とは遊んでくれそうにない予感がする。
娘の胸には俺と同じところにほくろがある。それを見るたびに可笑しい。


本日の体重70kg。信じられん。

突然の雨が落ちてきたり、晴れ間が覗いたりの、不安定な天候。
秋の長雨の走りを思わせる。

月曜日から勤務を始めて4日である。疲れもピークを迎えた。
できるだけ早めに帰宅し、ゆっくり風呂をつかったり、体を休めるように努めてきたのだが。大病の後のこと、体力の衰えは否めない。
それも、徐々に回復すること。焦らずに、適度に頑張り続けたいと思う。


俺の今週も怒涛のようであったが、世の中も相当激しい動きを見せた週であった。
9月1日の福田首相の辞任会見に始り。
特別何かを成した、という印象の少ない総理大臣だったと思う。登場の仕方も気色悪かったが、辞め方も厭きれるようであった。人柄の冷たさを垣間見た。
それにしても、防災の日に総理が災害を起こしてどうするのだ、と思う。

その後の自民党の総裁選についても。
あれは一政党のトップを決める選挙であって、総理大臣を決める選挙ではない。なのに、世間では同じように見なされていることに、俺は違和感を感じる。
俺は民主党など、他の政党のシンパではない。ノンポリである。それが、自民党でなくてもいいのではないか、と思うのだから、推して知るべし。
ま・・・、うさんくさい淫売みたいな人は総裁になってほしくない、とだけ思う。
(↑お分かりですか? 俺はあの人の政治姿勢に疑問感じるのです)


夜になってむしむししてきた。昼間の雨が大気の中に戻ってきたようだ。
エアコンの動作音が心地よい、静かな夜である。

東海地方から関東にかけて水害をもたらした雨は、北陸にはかからなかった。それでも、ぐずついた日々の続くここ数日。
今日は久しぶりに晴れ間がのぞいた。うす曇りながら、気温は高かった。


本日をもって、長かった俺の臨時夏期休暇が終わる。
明日から勤務に戻る。
9月1日から勤務・・・なんだが、小学生の夏休みの終わり、のような感慨を抱く。
惜しいような、やり残しのあったような。説明し難い名残りを感じる。
人生においてそうそう無いであろう経験をした夏であった。
そこから何かを得たかというと、まだそれは総括しきれていない。
総括するよりも、これからの社会生活に生かしていければいいと思う。幸い、俺はこの経験をダイレクトに活かせる環境にある。誰かが教えてくれたように、身をもって癌を知る医師のひとりとして、患者の心と体に向き合えたらと思う。

窓の外で、ツクツクボウシが鳴いている。夏も終わり。
山の端に隠れた星は、その山の上から見れば、未だ天空にある。
場所が変われば、景色は変わる。だが、名も知らぬ星は輝き続けているのである。

猛暑日。体温に近い気温であった。
元気なのは、ひまわりと蝉だけである。みな、暑さにやられた犬のように喘ぎながら、一日をやり過ごすようであった。
燃える太陽の夏。

今日は立ち仕事。背後に病魔を抱えていると思うと、何やら背中に圧痛があるような気になる。俺は気のせいに弱いのである。
それでなくても、慢性の腰痛に苦しんでいるのだ。圧痛なのか、腰痛なのかようわからん。
「他人の治療をしている場合じゃないのよ、自分が治療しなくては!」という言葉を思い出した。含み笑いが出る。
先輩に「いいことあったんやろ?」とニヤニヤされた。
いいことなど・・・病気を得たのに何を言うのだろう?と思う。先輩ならではの、ある種危険でもありうるボケ具合にも笑わされた。
もちろん、先輩の意味するような、色っぽい話など皆無である。妻と愛し合ってもおらん。というか、その気にはさすがになれんわい。


昨夜のメッセを反芻。謎のフレーズの意味がやっとわかった。
俺は恋はもうしないだろう、と先回の恋を失った時に思った。
しかし、また恋をした。それは恋といっていいのか・・・。性別を超えたもっと人間的な好意の感情ではある。いわゆる恋愛とは形が微妙に違うが、広義ではその言葉に含まれるのではないかと思う。
より尊い気持ちが俺の中に芽生えたのではないだろうか。

昨夜の、血のような赤い月はまた、今日は違った姿を見せるだろう。様は変われども、月は月。
そういう話だ。
思い悩むことこそ、人の人たる所以。悩まない人は存在のない存在に等しい。
そんな言葉を言い訳に、悩みの迷路に迷い込むことを正当化している。

何かを考えない瞬間などないのだから。

晴天。陽光は夏には程遠いが、気温は高かった。
暑さが病み上がりの俺の体力に影響することだろう、と思われた。
ただし、今日は空調万全の室内での仕事であったので、さほど苦痛を託つことはなかった。立ち仕事は辛いが、こういうときもある。


ひとは何を信じて生きていけばいいのか、という問いをとあるブログで見た。
俺の答えは、自分を信じるしかないのではないか、というものである。格好つけすぎた答えなのだろうか?
他人を信じることは尊いことである。しかし、ときに信じることと頼ることがまぜこぜになってしまうことがある。心弱い生身の我々はよくよく自らを省みるべきであろう。
誰かの輝きで自分の人生を照らすのは、言いすぎの観を懼れずに言えば、俺は寂しいことだと思う。

アイデンティティを確立している大人ならば、自分を信じて進みたまえ、と思う。
何より大切なものは、自分を信じる力である、と思う。

どんな哀しみに出会おうとも、どんな苦しみがわが身を襲おうとも。ひとはまた立ち上がり、前を見つめて、一歩を踏み出すことができる生き物なのだ。俺はそう感じている。
どんな仕打ちにあっても、どんな怒りを覚えても。ひとは自らの奥にそれを孕み、融かし、許すことのできる生き物である、と俺は思う。

ここを見ることのないブログの主への答えだったが、君への答えにもならないか?


アイデンティティといえば、300日規定に苦しむ戸籍のない子供たちに対して、認知調停という方策が全国の裁判所に周知されることとなった、そうだ。
子供の利益のためには必要なことである。喜ばしいものだが。
男女の貞節に根ざした300日規定が通用しなくなる世の中は・・・アレだな、と思う。
アレというのは「あんたら諸事情が整うまで、ゴムつきのエッチで我慢できんのかね?節操のない」ということである。
もっとありていに言えば「中出ししました。生まれました。愛の結晶です。さ、戸籍ちゃんとしろよ、でつか・・・」という呆れ感である。
幾らかの人たちが感じている納得いかない感じは、つまるところ、そういうことなのだと思われる。

晴天。梅雨の気配はちらともない。が、この初秋のような爽やかな天候も、今日明日までとか。

宮崎勤死刑囚が処刑された。
20年も前の事件であったか。ちょうど俺が高校・大学の多感なころに起こったのだな。恐るべき事件として、驚きを持って見聞きしたことであった。
俺には幼女に対するサディズムを伴った性欲が理解できないし、彼が精神病だったのかそうでなかったのかもわからない。
しかし、許されざる者がこの世にはある一定の割合で、確かに存在するのだと思う。彼もその一人だった、と俺は思う。


立ち仕事の疲れに、バレンボイムのワルキューレを少し聴く。フルトヴェングラーのDNAを受け継ぐ情熱型の演奏である。一日の終わりに聴くには体力が要る。が、ワーキングハイとでも言うのか、それに拍車を掛けて、ちゃんと疲れた(?)感にしてくれるのがよい。
疲れたのを疲れたと意識させてくれるとでも言おうか。


多くの中にいても一人。一人でいても一人。
人間だもの。一人で生まれたのだもの。死ぬ時もおそらく一人だもの。

一人で立っていけることこそ、大切な一歩だと思う。
耐えることが対価を生むのだと思う。
意に添う環境はそうそうないのではないか、と思う。
或いは・・・。今日がすべてではない。明日は状況が変わるかもしれない。そう思うことが力を生む。
それはまた、現実に起こりうることなのだから。

君はまだ、すべてを見切ったわけではないのだろう?
一人かもしれないが、一人ぼっちではない。五感に触れるものだけが存在ではないだろう?
君を支え励ます人の、いくらも居ることよ。
大丈夫、乗り切れる。
岩手と宮城の地震で、突然に命をなくした方々。
休日の秋葉原で、凶刃に倒れた人々。
俺の命を変わりに差しあげたい、と思った。誇張ではなく。


今日の後にはまた同じように一日が訪れると、当たり前に思う我々である。
毎日は偶然の危うさの上に乗っているのかもしれない。

踊る骸骨が「死を想え」とささやく。
突然の死は言うに及ばず、病床での死ですら、用意された死ではない。
生も用意されたものではないが、明日も同じと思う凡夫ならば、精一杯過ごそうではないか。
明日は今日とは少し違うかもしれない、と希望を持って。

「医者と弁護士は友人に持っていたほうがいい」と巷で言われる。
その通りかもしれない。

俺はその言葉通りの人々を沢山みてきた。
俺に健康や病気のことを相談してくる相手はいやだった。
所詮、俺自身を好いてくれるのではなく、俺の利便性を期待しているのだと思えたからだ。
そういう「友達」とはそれなりの付き合いをしてきた。

いっそ付き合わなければいいのに。
集団の中で孤独を願い、孤独の中で集団を願う・・・そんな天邪鬼な性癖が、俺に付き合わないという選択をさせなかった。
彼らの中には際限なく俺を活用した輩もいた。
すると、俺は孤独でいたくはないのに、底知れぬ孤独感を感じ、まるで道具にでもなったような気がしたものだった。

君にそれを感じないのは何故なのだろう。
君が、俺がソレを嫌っていることを知っているからか。
それだけではないように思える。
嫌っていることを知りながらも、心配で胸がつぶれそうになりながら、本当にやむにやまれず尋ねてくる君の様子が、俺に伝わってくるから、だ。おそらく。
ちゃんと君の気持ちは伝わっているんだよ。

心をそこまで開示し語った相手は、俺にはいない。
心をそこまで開示された相手も、、俺にはいない。
だからなのだ。


多分実際に診察しているわけではないので、そうそう的確なことは言えない。
医学は科学であるから、診ることもなしに、めったなことは言えないのだ。
俺は、心配そうな君に「すまない」と思いながら、教科書的な一通りの助言をしただけだった。
勇敢な君は、ちゃんと診察を受け、或いは受けさせて、「大丈夫だった」と俺に感謝を述べる。

感謝されるようなことはしていないのだよ。通り一遍のことしか言っていないんだ。
それでよければ。
ま、続けざまはさすがにいやだがね(苦笑)。



白雪の真綿のやうな柔らかさ 抱かれてみれば 思いのほかの温さかな(駄)
雪は美しいけれど冷たい、ひとを殺すこともある・・・そう思うだろう。
雪になれた俺たちは、雪の温かさも知っているのだ。
母の乳房に抱きとめられるような、柔らかな白雪に抱きとめられて、死ぬまで、そうしていたい。

正午前より小雨が降り出した。
妻の買い物にしばらく付き合って、後はすることもない。
昼寝を少々。


夕方より雨は本降りになった。
四月の雨はエイプリルシャワーと呼ばれ、草木を目覚めさせるそうだが。
五月の雨はどうなのだろう。
ホコリっぽい風景を洗い流して、新緑を際立たせる。
緑の雨だ。優しい雨だと俺は思う。

この季節に生まれた優しい人を思い出した。どうしているだろうか?
ひとは一人だが、ひつりぼっちなわけではない。
いつでも誰かが見守ってくれているものだ。


妻の言うように、芝庭にすると、芝刈りやら肥やしやりやら、大規模に庭仕事をする日が必要になる。
できるのかな?と俺は思う。
ぼんやり庭の造作などを考えている、五月の雨の夜。
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