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一息つくと、それを思い出している。
「しよう」ではなく「したい」と、レベルは一つ落ちた。
俺は君と約束したから、それを守る。

空元気だったのか・・・。些細なことで極端な反応をみせたことに、自分でも不甲斐ない。
というか、それほどに未だ不安定な状態なのだと用心したい。
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春めいて暖かい。
今日も美しい青空が広がった。光に春の匂いがする。


昼飯と一緒におやつまで食う。小豆蒸しパンという、あんこを挟んだ黒糖蒸しパンである。いかにも、この大手パン会社本社の所在する東海地方の雰囲気がする。
食い終わりにガチリと硬いものが歯に当たった。吐き出してみると、鈍く銀色に輝く金属片である。
見ていた同僚が「異物やろ!? 製造元にクレームせなあかん」と忠告してくれた。
パンの袋に書かれたフリーダイヤルの番号を眺めつつ、携帯を取り出してみる。気が進まないが、異物混入ならば、被害を拡大させないためにも、知らせるのが順当だろう。
金属片を指先でいじりながら、ダイヤルを仕掛けて・・・気づいた。
金属片は歯の銀冠だったのだ。
確認してみるとなるほど、奥歯の銀冠が無くなっておった。
製パン会社に電話しなくてよかった!

しかし・・・、不運である。
この状態からいって、他の歯にも異常がある可能性が高い。
長い歯科通院を想って、げんなりする。
きちんとブラッシングをし、歯間ブラシも通していたのになあ・・・。
ま、早めのお手当て。多忙にかまけて歯医者などご無沙汰であったゆえ、いい機会だ。

退職する上司の送別会があった。
俺がメンバーの出欠をとり金を集める係、専門用語では幹事をいう、の一人であった。今日の日を迎えるまで、仕事の合間にちょっとした手間がかかった。

ひとつは、どこの部署まで声をかけるか、という問題であった。そこそこ長く役職にいた人であるから、人によっては社内全体に声をかけるべきだという人もおる。本人が「おおごとにしないでくれよ」と、どちらとも取れない表情で言うから、迷った。
結局は、本人の言葉通り、関連の深かった部署のみに声をかけた。個人的に情報を得て、参加の意思を伝えてくる人もあったから、これはこれでよかったと思う。
本音は、時期的に忘年会シーズンであるし、大所帯の会場を抑えるのが難しそうだったから、であるとも言える。
もうひとつは、主役の上司の偏食に起因する問題である。上司は魚が嫌いである。よって肉、または居酒屋ということになる。焼肉にしようと幹事の間で話がまとまる。すると、上司は炭火焼七輪の焼肉は嫌だと注文をつけてくる。短気な上司は、肉の焼けるのを待っていられないのだ。俺もそうだから大きな声では言えないのだが業界の人の特徴とも言えよう。

まったくもって、面倒な役目であった。他人の面倒を見るのが嫌いな俺であり、何より大嫌いな上司の世話だと思うと、余計にかったるい気分になった。


送別会自体はうまくいった。
翌日の勤務のあることとて、みなピッチが速かった。注文を取りまとめるのに忙しかった。
俺と卓を囲んだメンバーは、よく食う連中であった。また、俺よりも生焼けの肉を好む連中であった。「おいおい、それはレアというよりブルーだろ!?」というくらいの焼き目で、肉がどんどん無くなる。
あまり食べられず終了。
その後は、帰りたがらない上司につかまり、延々説教の聞き役である。
花を抱えたおっさんと男二人がミスタードーナツで、長々とコーヒーを飲み続ける・・・という苦行が待っていた。
地獄であった。
苦手な上司への最後のご奉公、と自らに言い聞かせ、耐え忍んだ。

そうして、俺の忍耐の甲斐もあり、上司氏は上機嫌で帰宅してくれたのでありました。


もう疲れた。

快晴。

気分は依然として晴れない。
だが、光は遠くに見えてきた。何度目かのトンネルの出口だ。
出口を指し示してくれたのは、映画「ベン・ハー」と君の言葉。

キラキラと輝いて、殻の奥まで光の射す。
その輝きが、やがて自らの存在を値づけるだろう。
今日は一日眠ってばかりいた。
飯も食わず。家族は完全に俺を放っておいてくれる。これも優しさなのだとしたら、なんと残酷な優しさだろう。

友達の姪の生まれたのを聞く。
赤ん坊の誕生。俺もかつては望まれて生まれた赤ん坊であったはずだ。
姉に続いての待望の長男であったときく。
それなのに、家のためにならない長男になってしまった。

何もかもが辛く苦しい。
言葉はほしいが、今の俺には普通の言葉さえ刺すように感じられる。
俺のほしい言葉はわかっているのだが、思うような言葉をかけてもらえない。思うような言葉が何なのかすら、俺にはわかっていない。

もう目が覚めなくてもいいと思う。
精神科にいつもの通院。
土産話がたくさんありすぎて、話しきれない。ゆえにこと短めに症状を話すのみ。
中程度の落ち込み状態にあるそうだ。癌のことやら、その後の職場復帰に伴うストレスなど、危難が俺に襲いかかったことを考えれば、ありうることだそうだ。
ストレスって便利な言葉であるなー、と感心する。
ストレスに負けた自分にも頭にくる。

気持ちを安定させる薬を増やされた。朝昼晩と三回も飲まねばならん。
ここのところ減薬されていたので、それだけでショックだ。


帰宅後、妻とけんか。
こんな病気の俺など要らないだろう、と皮肉を言った。否定してほしかっただけの甘えに起因するものである。
妻は、必ず治るからと俺をなだめにかかった。俺は気に入らなかった。
病気だから、病気が言わせていると思われているのが、癪に障る。
「こんなものを飲んでも、ちっとも良くなりません」と吐き捨てて、薬の袋を妻に投げてよこす。
そう言いながら、レキソタンの小さいのを3つほど飲んで、自室にこもり寝てしまう。薬に頼らないわけにはいかない身の上なのだ。

俺の脱ぎ散らかした靴を揃え、服を拾い掛けておいた妻に、また腹を立てながら、申し訳ない気持にもなる。

「出ていきたい。それか、お前たちが出て行ってくれ」と、楽しかるべき夕食の食卓には似つかわしくない暴言を吐き、家族を凍らせてみた。
黙って食事をとる光景は、滑稽だった。家族ごっこのようだった。

また書斎におこもり。
みな腫れものに触るように俺を扱いやがってー、と腹がたつ。
俺はいったいどうしたいのだろう?
独りになりたいのか、独りになるのが怖いのか。
とにかく、こんなことでは娘の教育上にも情操上にも、悪い影響を与える父親になりそうである。
頭の痛いことだ。
快晴。
暑いが、風の中に秋の匂いを感じる。

とても辛い一日であった。出勤したくない気分であった。
出勤してしまえば、仕事はちゃんとできる。
俺の前頭葉では何か得体のしれない激しい嵐が巻き起こっているだろうというのに、脳の別の部分ではやるべきことをこなしている。不思議な感覚である。
体はだるかった。ついてくれていた女子職員が「元気ないよ」と、俺に文句を言った。何か答える前に別の女子職員が「○○はデプレ(うつ)だから」と口をはさんだ。

そうなのだ。周りはみな俺が病気だから仕方がない、と諦めて見ている。
また、いつものやつだろう、と冷めた目を向ける。

どのステージでも、役目は俺でなくてもいいのだ。俺がいなければ、他の誰かが役目を勤める。それだけのこと。


俺が俺と認められ、必要とされる場所はどこにあるのだろう?
そもそもそんな所などあるのか?

職場など俺は歯車の一つにすぎない。
家庭でも、父親らしいことなど一つもせず、夫としても優秀な部類ではない。俺でなくてもいいのではないか、とよく思う。妻は俺と暮して幸せなのか?
夫婦で、そのような深い話などはしない。
俺の顔色を見て妻は、いつものうつの波が来ていると思っているのだろう。
新潟の家に、両親はもうなく、弟の家庭があるばかりである。俺の帰るところではなくなった。
最愛の姉も、自分の家庭を持っている。
帰るところなど、どこにもない。
自分の家でさえ、仮の宿。
日本晴れ。一点の曇りもない、快晴。


今日から世界自殺予防週間が始まるそうだ。
自殺者の多くが、鬱状態に陥っていたということを思えば、鬱病を患う俺にも身近なことである。

俺は気づくと「死」について考えている。「死」に関する単語が頭の中に浮かんでは消え続けることがある。
俺が死んだら・・・・。
俺が死ぬとしたら、それはいつなのか?
どのようになのか?
多くの人が自分の死について日常考えることがない、とするならば、俺の状態は普通ではないのかもしれない。
だが、「死」について考えるということは「死にたい」ということとは違う。

俺は自殺はしないのではないかと思う。
なぜなら面倒だからである。ただ、その一点だけである。だから、俺は死にたくなったら寝に逃げることを繰り返している。俺にとって、寝ることは小さな死とも考えられる。
まだ「生」への欲求が極めて低い状態であるとも考えられる。
正直、ひょいと隣町へでも出かけるように、あの世へ行けそうな気になることがよくある。焦る。

それとも・・・「死」について考え煩悶するのは、「生」に執着しようとする気持ちの裏返しなのだろうか?


やさしい妻がいて、かわいい盛りの娘がいる。新築の家に住み、社会的立場の高いとされる職業につき、経済的に困窮しているわけでもない。
何が不満なのかと、贅沢だと、思われても仕方のない悩みである。
でも、覗き込む淵の底は暗く底知れず、何かが苦しげに蠢いているのがおぼろげに見とれるのだ。こんなものに気づかずにいたかった。
気づいてしまった今は、ぼんやりしているとすぐにそれは、俺の心のはざまに忍び込み、おぞましい姿を曝している。
とても切ない。


仕事が始まって、それに一生懸命である。職場にいるのは嫌ではない。忙しく、仕事のことだけを考えていられる環境は、むしろ救いである。
しかし、家に帰るとき、家に帰って一息ついたときが、いけない。どうっと疲れが出る。
何もしたくなくなる自分が嫌である。
賑やかに語りかける家族が煩わしかったり。妻の話を聞きたいと思い、娘の話を聞いてやらねばと思うのだが、どうもうまくいかない。話したり聞いたりする容量は職場で使い果たしてきている、とでもいうように。
仕事と家庭の両立はなかなかに困難である、ということか。
梅雨明け宣言が出た。
太陽はますます元気である。早朝より30度越えの気温。暑さは梅雨時とは種類が変わった。カッと焼け付けるようだ。

朝一番で、精神科に通院。
腎臓に癌を持ったことを告げた。主治医は「それは・・・重いですねー」と絶句した。
求められるままに、簡単に病状について説明した。
精神科医の常で、共感的、同情的に話をきいてくれ、穏やかな励まし(?)を貰った。語り口に安堵させられた。

君が悔やんだように「なんではるだけが、と思うよ」という言葉を思い出す。
俺の、そう多くはない知人がみなそう言って、俺を惜しんでくれる。今日は精神科の主治医にまで。
ありがたいと思う。
つまらない俺と、今でも思わないではない毎日を過ごしているが、その俺にさえ価値を認めてくれる人がいくらかいる、と改めて思い知る。彼らの想いに報いるためにも、癌を克服し、再び俺として彼らに働きかけることができるようにしたいと思った。


今夜は望月が、いつにも増して美しく輝く。
夜の底はまだ、熱気を孕んで冷めることを知らない。
花火に興じる若者の楽しげな声が、熱い夜風に乗ってここまで聞こえてくる。
優しい金色の円盤のもと、それぞれの喜び、それぞれの哀しみ・・・始まったばかりの夏の夜の猥雑な熱気に取り込まれて、ざわざわと蠢いている。
巡る感情はどこから来るのか。脳の描き出す鮮やかな幻影。

昨日に引き続き晴天。
いや、昨日より暑かっただろう。俺の体感ではそうだ。
黄金の円盤は天頂から眩く照らし、地上のもの全ては喘ぐばかりである。
梅雨明けは聞かないし、早すぎるだろうが。まさに夏の太陽であった。

早朝よりぐんぐん気温が上がった。雪国育ちの白熊こと、俺は辛くて適わない。
寝起きから汗ばむ体で、ジリつく太陽を呪わしく見上げることだった。
蝉の鳴き始めたことに、初めて気づいた。
ベランダから見下ろせる、いつかのタチアオイは、数日前の大雨で茎を倒されたまま、強い日差しに負けてしなび始めている。梅雨明けの花を咲かせる前に、腐り枯れてしまうのかもしれない。
今年の夏の始まりは過酷すぎるようである。


朝一番に通院。予約は一番である。
病み上がりの上、この暑さで元気そうには見えない。通院日和ではないな、と思った。
特に相談することもない。
妻の就職に伴う、俺の気持ちについて少し話した。
頭では納得できているのだが、どうも感情が納得いかないようである、と言うと、
「愛しているんですなー」と主治医は嬉しそうな顔をした。
そんな顔をするな、と俺は思った。
愛するという単語を日常会話の中で聞くことは稀である。ましてや、男の口から面と向かって言われるなど、俺は恥ずかしくなってしまった。
「はあー」といい加減な相槌を打っておいたと思う。

まったく・・・愛なのか妄執なのか知らんが、俺の複雑な気持ちを理解しておらん。精神科医としては優秀な部類なのだろうが、カウンセラーの素質には欠ける男であることよ。
というか、俺こそが医者としてもカウンセリング能力にしても、欠けるところのある男であるのだった。だから、他人のことをアレコレ言ってはいけないのだが。
何だか、納得のいかない診察を受けた今日である。
・・・悩めることこそ生きる資格、だそうだから。

処方内容に変わりなし。寝つきが悪くなったので、マイスリーの小さいのを飲むように勧められた。

曇天模様。陽光が射すには射すのだが、雲の後ろからであった。

昨日から風邪気味であった。起床時がだるさの極みであったが、鬱病の所為か、風邪の倦怠感なのか、判然としない。情けない。
しかし、仕事を休む習慣はない。
検温もしないでおいた。
なまじ高熱であることが判明すれば、気力も弱くなるばかりである。仕事を休めない以上、意味のない行為はしないでおく。
熱があることは確実な感じをもったゆえ、家置きの感冒薬を服用。二倍量である。(←絶対にしてはいけません)

掟破りのクスリが効いたのか、立ち仕事に支障は来たさず。あまり難しい仕事にならずよかった。
気合勝負といおうか、体力勝負といおうか、本日は仕事を激務と感じる一日であった。
一日を終えたら、どっと疲れが出てきた。気も弱くなってきた。
いつの間にか、雲はきれいに掃き去られ、陽光が戻ってきていた。むぅっと暑くなっていた。暑さに弱い俺はますます凹む。


牛肉の産地偽装事件。
ミートホープとそっくりな事件であるが。社長の顔も何やら似ているし、本社に牛の像が設置されているところもそっくりである。
同じ事件の報道を見ているかのようである。

食の偽装の事件は、俺がブログを始めてからでもかなりの数にのぼる。氷山の一角か。
所詮食い物。腹を壊さなければ、自分の舌の能力の問題でもあるのではないか、と皮肉な俺は思ったり。ブランド物を有難がる風潮はもう辞めようや、と思ってみたり。
まっとうなところでは、真面目な他の大多数の業者が迷惑しているだろう、と気の毒に思ってみたりする。
そして、落ち着くのは故人の教えてくれた次の言葉である。
「ずるいこと、卑怯なことは必ずばれる」である。
精進、精進。

(後付)
終日雨。霧雨。
気温低めにして、肌寒さを感じるほどであった。

どんよりと垂れ込める雲が鬱陶しい梅雨空であったためか、頭が重い。
体もだるく微熱のある感じがした。
左耳に違和感があり、リンパ腺が少し腫れていた。
風邪を引いたのかもしれない。
どうもテンションが上がってこないのは、鬱病の所為か。俺の気分も霧雨のように、向こうが煙って見える。
お天気屋で困ることだ。


夕刻には本降りの雨になった。何日ぶりなんだろう。
九州では死者も出たという雨は、まだこちらには来たっていない。それどころか、空梅雨だという噂も聞かれるた。
晴天。
このところ梅雨めいて、ムシムシする日が続いたが、今朝はさほどの湿気はない。
ここぞとばかりに洗濯を沢山干す妻を、ベランダに見て、通院に出かけた。

俺の体調は問題ない。職責も果たしており、嫌いながらも仕事に行くのが辛いということはない。
日内変動はない。
寝つきもよい。
ただ、細切れに目が覚めてしまうのが、悩みである。
サイレースを使うと、翌朝に少々残ってしまう。眠気でぼやっとしてしまうのはいけない。

ということで、夜中に目が覚めた時に飲むようにと、マイスリーが出た。小さいやつだ。
これは作用時間が超短であるから、いいかもしれん。
しかし・・・沢山蓄薬してあるやつなので、今更いらないんだよな・・・・。苦笑する。
くれるものはもらっておくか、と黙ってもらっておいた。
闇に流して儲けようなどとは、考えていないので。欲しい人がいても声をかけないでくれ。


帰宅して、こうして日記を書き。
次は自分の病院へ出勤である。
では行ってきます。
曇天。そうはいっても、暗い空ではなかった。雲を透かして陽光の見える。


朝一番で、通院だ。
早朝覚醒は相変わらずである。
しかし、気分の波はさほどではない。
仕事にも意欲を持っている。
特別困ったことはない。
悩み事は若干あるが、医師に話す種類のことではない。
一つ問題は、昼間の眠気である。
俺の類推するに、朝のメイラックスの処方が影響しているのだと思うのだが。
主治医に話すと、意欲もあることだし安定しているとのことで、メイラックスが終了することになった。
少しずつだが、クスリから解放されつつある。
俺の体にはまだ必要なのであるから、めったなことはいえないのだが。
少なくされていく度に、良くなってきたような気になる。嬉しい。

通院帰りに職場に様子を見に寄った。

焦燥感を感じたり、不安感に苦しめられたり、異様な感情に囚われたりすることがある。
俺は鬱病があるから、回復基調だとはいえ、時折そういうことがあるのだろうと、思っていた。

要するに特異な感情を病気のせいにしていたということかもしれん。
俺は何事も鬱病のせいにしたくはないと思っていたので、改めて思い知らされ、恥じるばかりである。


誰だって、暗い色調の感情はあるさ。
俺のは少しその明度が暗いだけだ。
そのことで、苦しむのが生身の辛さだが・・・。

大丈夫。
自分を律していける。

(後付)
土曜日のいつもの通院。
晴れ渡った空は午後には崩れだすという。にわかには信じがたい。
しかし、ねっとりと湿気のあること。当たっているのかも知れない。
そんなことを思いながら、街を歩いた。

特別に激しいエピソードはない。主治医に話すことなど、これぽっちもない。
世間話のような職場での話、家庭での話、をする。
苛付くこともなく、焦ることもなく、安定した精神状態であることの幸せをかみ締めている、といったところか。
安定しすぎて異様とも、俺の場合思えるのだが。
ま、よしということで。

処方内容に変化はなし。


帰り道、もったいなくてドライブして帰った。小一時間ほど。
トリスタンを聴きながらであったゆえ、多少興奮気味であったか。
(後付)
土曜日。爽やかな青空が広がったが、強風である。
午前中は仕事があったので、午後より通院。
acathisiaかと思われた脚の違和感は既にない。頭脳に影響を及ぼすクスリのさじ加減の、難しさ、恐ろしさを自ら体験する出来事であった。

そういう体験は初めてではないのが哀しいところであるが。
以前など手に振戦があった。
頻繁ではなかったので放置していたら、仕事中に突然来たった。ブレードがブチリと切れてしまい、大変なことになるところであった。幸い大事には至らなかったのだが。
即、クスリを変えたのであった。

眠剤が溜まり始めたゆえ、その処方はなし。
他に処方内容に変化はない。


気分も上々であるし、寛解に向かっている確信がある。
嬉しいことだ。
(後付)
麗らかに晴れた一日。ただ風は冷たい。
このところの雨と風で、桜も3割ほど散った。散り急ぎの美しさが、俺は好きだ。


朝通院のこと。
気持ちも充分で、やる気に遜色はない。上々といったところの病状である。
このまま寛解してくれればいいのだが。根拠はないが、そうなりそうな予感がする。

脚が落ち着かないというか、ふくらはぎが張るようで、少々しんどいなと思っていたことを主治医に打ち明けた。
acathisiaなのか?
前回エビリファイを増やされたのがいけなかったのか。今回少し減らされた。
俺の処方は以下の通りである。

ルボックス錠50㎎ 1日2回 朝・夕 →
エビリファイ錠3㎎ 1日1回 夕 ↓
メイラックス錠1㎎ 1日1回 朝 ↑
ガスモチン錠5㎎ 1日3回 朝・昼・夕→
サイレース錠2㎎ 1日1回 就寝前 →
頓服でレキソタン錠5㎎

公開してもしなくても、意味はないデータなのだが。
旧ブログでは、鬱病の医師など世間体が悪いから、大々的には公開したことがなかった。それに気づいたゆえ、今回公開してみた。

君が驚くほどではない量だろう?
なければやっぱり困るのだろうけど、飲むのが自然な行為になっているから、もう食後のデザートみたいな感覚なのである。
レキソタンは久しく飲んでいない。落ち込みの激しいときはしばらく経験していないから。
メイラックスをのんでいるからといって、不安感や緊張に苛まれているわけではない。エビリファイの減らされた分を補う形なのだと思う。
ちなみにエビリファイというのは、ご気分を落ち着かせるお薬だ。気分の波を平常にする薬と思いたまえ。


今日は福井の春祭りだとかで、時代行列があるらしい。
繁華街はせわしげで、何処からと思うほどの人だかりが正午前から現れた。
賑やかな人だかりには背を向けて、俺は城の堀の桜浜を覗き込み、きれいだなと思いながらいた。

数時間後には、ここにいるみなが桜には背を向けて、賑やかで華やかな行列に目を向けていることだろう。


夜中は仕事ができて、出勤した。正直眠かった。

(3/8後付)
朝方の店番。
店はそれほど忙しくなかった。正午にはちゃんと終わった。
得意先をぐるりと廻って、仕事し、終了。

精神科の予約を夕方に入れてある。ちょうどよい時間になった。
職場の帰りに寄った。


最近の俺は本当に調子が良い。寛解したのでは?とさえ思われる。
あまりに調子が良く、診察室でも微笑でしゃべり続けてしまった。
主治医も微笑み聞きながらも、怪しいと思ったのだろう。
いくつか躁転を疑っているような質問をされた。

ま、ドーパミンがバシバシ出ている感じは、自分でもする。苦笑。

相当変、というわけでもなく。
様子を見ましょうということで、処方内容には変わりなし。


俺の家の内覧会がこの週末に開催されている。
わかりにくい場所にある俺の家。
探し求めて来る人がいるのだろうかと、非常に疑問であった。
またその中から、本当の客になる人があるのだろうかと、甚だ疑問である。

妻の言うには、大きな道に看板が立ててあったし、のぼりがあったりで、近くに来ればわかるのではないか、とのこと。
午前中から、ちらほらと見に来る人がいたようだったそうな。
酔狂な、と思う。

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